猟奇的なお姫様 1


幼いころというのは、空想世界、夢物語に憧れを抱く時期だと思う。いや、大人になっても自分の内にそうした理想を持つ人は たくさんいるわけだから、現実を本当の意味で知らない10を少し過ぎた程度の純真無垢な女の子に思い描くなというのは無理な話だ。その例にもれず、かさねも毎日考えていた。いつか昔噺のように素敵な男性が現れるのだと。素敵な恋をするのだと。

その人はきっと旅の人だと確信していた。この村の中ではない、どこか遠くの世界からやってくる人こそが、かさねを幸せにしてくれるのだと。
村の中に素敵な男がいないわけではなかった。気の良い働き者で、かさねに良くしてくれた青年がいた。ぼんやりと、この人が夫になればいいのに、と考えていた。しかし、彼は3つ下の(それでもかさねよりは一回り年上の)、働き者の娘と結婚していった。少し裏切られたような気分だったが、彼とかさねとでは年齢に差があり過ぎたような気がした。かさねが調度よい年齢になるころ、彼はかなりの晩婚だ。2人の結婚も、周囲がしびれを切らした結果のものだったそうだから、やはり、年の近いものが良いのだろう。しかし、そう考えると自分の周りにはろくな男子がいなかった。良い所なんて1つもない。幼稚で考え無しにものを言う。そんな彼らは、かさねにとって範囲外だったのだ。そして、それが決定的になる出来事が起きた。ある日、男の子とかさねは喧嘩をした。他愛もない、口喧嘩だった。常ならば、どちらかが謝るか、または時間を置けば収まるはずだったのだが、日頃かさねに負かされている男子は、悔しさのあまり、かさねの名前をからかった。「変な名前」だと。そんなことは日常茶飯事だった。「松吉なんて田舎くさい平凡な名前よりましよ!!」と、かさねも負けじと言い返した。その後はいつものように疲れるまで追いかけっこが始まるはずだった。しかし、男の子が次に発した言葉により、日常は変わってしまったのだ。
「がさつで、乱暴なお前にそんな上品な名前なんて似合わない。お前の姉ちゃんのほうがよっぽど綺麗で、花のようだ」、と。
その言葉はかさねの逆鱗に触れた。あまりの怒りで、その子を引っぱたこうと手を上げた。すると、その男子はここぞとばかりに「やっぱり乱暴者だ。逃げろ」と、周りの子たちをはやし立てた。子供たちは一目散に逃げていき、かさねは1人ぽつんと残された。初めて言い負かされた屈辱よりも、姉に対しての劣等感を強く感じていた。

かさねというのは、父がつけた名だ。彼女が産声を上げた日に、庭に咲く花を見て、付けてくれた。花弁が重なり合い、大輪を咲かせるように、心のきれいな人になれ、と。嬉しくてたくさんの人にそのことを話した。素敵な名前。きれいな名前。しかし、そうした気持ちも心ない一言で急にしぼんでしまった。
確かに私は村の子供の中では力のある方だったし、村の誰よりも足も速かった。取っ組み合いでも、口喧嘩でも、負けたことは無かった。その言葉を言われた時も、「松吉なんて田舎くさい平凡な名前よりましよ!!」と言い返した。しかし、幾日たってもその言葉が頭から離れなかった。
かさねには年の離れた姉が1人いた。優しくて、大らかな姉が大好きだった。幼いころはいつも後ろを着いて行った。いつも一緒に過ごしたかった。しかし、成長するにつれ、2人の姉妹はその対称的な性格をいつも比べられるようになった。おかっぱで、いつも外で駆けまわるかさねとは違い、色白で、長く艶やかな髪をした姉。物静かな性格をしていたが、器量の良い、朗らかな性格のおかげで村の皆に慕われていた。
村の皆が、自分より姉を好きなのだと、否が応にもかさねは考えるようになった。実際に、姉の誕生日には村の男たちがここぞとばかりにやってきて、作物や野花を持ってきた。その半月後には、かさねの生まれた日だったのだが、姉の後でははっきり分かるほどに静かなものだった。村の中には、自分を好く男はいない。だから、外から稀に現れる旅の人ぐらいにしか、自身の希望を託すことはできなかったのだ。村の入り口に立ち、いつ来るかもわからない空想の男性を求めて待つことが日課となった。

「だから、あんな所にいたわけだ」
「そうよ。今日こそ来るかもしれないもの。私を好いてくれる素敵な男性が!!」
少女の話を一通り聞き終えた芭蕉は、なるほどと相槌を打った。少し入り組んだ道を歩いていたら、いきなり女の子が草陰から凶器を持って飛び出してきたのだ。物取りかと勘繰ったが、それにしては様子が違っていて、こうして話を聞くこととなったのだった。
「ところで、その刃物は?」
芭蕉は少女が手に持っていた手のひらサイズの刀を指した。道行く旅人に見染めてもらおうと考えているにしては物騒なものである。
「ああ、これはね」
ふふふ、と少女は笑った。
「あそこって葦がたくさん生えていて道が良く分からないじゃない?」
少女が川で冷やしてくれた手ぬぐいを傷に当てながら、芭蕉はあそことはおそらく自分とかさねが出会った所のことだな、と解釈し、確かに草が群生していて歩くのに難儀したな、とこれまでの旅路を少しだけ思い出した。
「だから、視界を良くして、私を見つけてもらおうと思って。この刀で一面の葦を切ろうとしてたのよ。そうしたら調度そこにおっさんが・・・」
「おっさん!?松尾、まだピチピチなんだぞ!見ろ!この肌。そして触ってみろ!!ほらほら!!」
「やめてよ!セクハラで訴えるわよ!?」
「ハラスメントッ!!」
かさねの渾身の一発により、芭蕉は先ほどぶつけたところとは反対側にもこぶを作ることとなった。
「ええ、何この子っ!力強ッッ!!」
「ふふ、私を倒そうなんて10年早いわ・・・」
「そしてその笑顔――――――!?」
うちの鬼弟子と渡り合えそうだわ、と呟き、そのあまりにもリアルな想像に鳥肌が立った。
「そういえば曽良くんの好みは・・・・、ってあああああああ!!」
「何よ、うるさいわね」
「刀危なっっ!」
皮一枚の所で鋭利な凶器を避ける。短刀は芭蕉を過ぎて、近くの岩に当たり、粉々に砕けてしまった。芭蕉は、改めてこの少女の力の強さに冷や汗をかく。なるほど、近所の男子ぐらいでは勝てないはずだ。いや、まて、その前に。
「私、そういえば弟子とはぐれてたんだよ。探さないと」
私の身が危ない。ついでに旅費も危ない。芭蕉は慌てて立ち上がった。
「え?おっさん、お供を連れて旅してるの?」
夢見ていた旅人が芭蕉だけでないことを聞き、途端に眼を輝かせるかさね。もはや「おっさん」という芭蕉にとって屈辱極まりない呼び名が定着してしまったようだが、それを直している場合ではなかった。
「どんな方なの?」
「どんなって・・・凶暴で優しさの欠片もない師匠を足蹴にして嘲笑えるような鬼の精神を持った男だよ」
「どーせ、あなたが何かしたんでしょ」
「違うよ!!松尾は師匠なんだから、私の命令に従いこそすれ、それを足蹴にするなんて言語道断―――」
「それは、まともに句を読んでからにしてくれませんか?芭蕉さん」
「げ、曽良くん!?いやあの、これは・・・」
はぐれていたはずの弟子がタイミングよく現れた。ご丁寧に、いつもの断罪チョップを構えて。
「迷子になったのかと思えば、こんな所で油を売っていたんですか?」
このロリコンじじいが。硬質な声が降ってきたことに、芭蕉はしまった、と冷や汗をかいた。なぜか言葉がいつもより数段辛辣だ。絶対痛いのがくるっ!!思わず身構えたその時、突如黄色い歓声が上がった。かさねだ。その声の大きさとあまりの高音に、さすがの曽良も断罪どころではなくなった。
「ど、どうしたの・・・?」
恐る恐る芭蕉が声をかけた。鬼弟子のあまりの恐ろしさに気でも狂ってしまったのだろうか。やはり、曽良の登場にはR指定が――
「・・・じさまよ」
「・・・え?」おじさま?聞き返した芭蕉には今度こそ弟子による華麗な一撃が落ちた。
「カッコ良い!!」
今度こそ大きな声で、かさねは称賛した。鬼弟子が?カッコ良い??芭蕉は奇妙なものを見るように曽良に眼を向けた。
「私の王子様よ!!」
「・・・・はぁ?」
「黒く艶やかな髪、切れ長の眼、その力強さ。完璧だわ!!なんて素敵なの!!」
訳が分からない、という表情の曽良が、芭蕉に怪訝な視線を送ってくる。ここまでの経緯を知っている芭蕉は、後で話すよ、と返した。
「ありがとう。お嬢さん」
分からないなりにも、話を合わせようとしてくれているらしい。芭蕉に対しては厳しい言動を辞さない曽良だが、他の人にはこうも礼儀正しいのだ。柔和な笑みすら浮かべている。今日は海の日だったのだろうか。その様子じゃ、君の方がロリコンのようだよ。
心の中で芭蕉は思った。