「曽良さんは旅をされているのですね」
「はい、まぁ・・・・」
「ははは、君のような青年が婿に来てくれるなら歓迎なんですがねー」
「いえいえ、僕は農業はしたことありませんし・・・」
「それは心配いらんですよ。見たところたくましい腕をお持ちだ。私が1から教えれば・・・」
「お父さん!!止めてよ。私はそんな・・・」
「そんな真っ赤な顔をして何を言うか」
ははははは。
海の日出血大サービス。芭蕉は恐ろしいものを見る心地で、和やかに談笑する3人(曽良に関しては若干の煩わしさを感じているようだが)とは距離をとり、茶を啜っていた。隣にはかさねが座り、芭蕉に茶を振舞っている。いや、振舞うというよりは作業のように空になった湯呑に白湯を注いでいた。視線は姉と楽しそうに話す(ようにかさねには見える)曽良に釘付けだ。そんなかさねの様子を見ている芭蕉は、いつもならば対抗心剥き出しにして会話に加わる所を抑え、少女に付き合っていた。茶葉を変えず湯を注ぎ続けた結果、もはや色も申し訳程度にしかついていないそれを、芭蕉は飲み、かさねは注いだ。少女には、今、無心で続けれることが必要だった。
数刻前、曽良と無事に出会えた芭蕉は、今後どう進むべきかを話し合っていた。(否、思案する曽良に芭蕉が横やりを入れていた)ただでさえ入り組んだ道に加え、あちらこちらに群生する葦。初めて訪れた旅人がこの先を進むのは些か厳しいものがあった。
なんとかなるよ、そう無駄に楽天的な芭蕉を殴りつける。
「次はぐれたら置いていきますよ」
「待ってよ!?もともとはぐれたのは自信満々にこっちです、とか言ってた君の―――ロストッ!!」
「あ、じゃあ、」
しばらく2人のやりとりを見ていたかさねが口を開いた。
「うちに馬があるから、父と話してみてはどうですか?」
そうして冒頭に至る。曽良の容姿に惚れ込んだ親子に迫られ、曽良は馬を借りる旨を伝える間もなく延々と縁談の断りを入れていた。かさねにしてみれば面白くない話だろうな、と芭蕉は思った。初めに彼を良いな、と思っていたのは彼女なのだ。先ほど、かさねの心中を聞いていたため、なんとも複雑な心境であった。あえてここは横やりを入れてみるべきだろうか?
そう考え、立ち上がろうとした時、沈黙を保ったいたかさねがとうとうしびれを切らして外へ飛び出した。
「あ、待って!!」
慌てて芭蕉は追いかける。村一番脚力を自負するかさねも、長旅をこなしてきた芭蕉の健脚には叶わなかったようで、すぐに追いつかれてしまう。この悪い視界の中でも、少女の着ていた赤い着物は良く分かった。ちらり、と後ろを向いたかさねは、追いかけてきたのが1人しかいないことにため息をついた。
「なによ、ほっといて」
顔を上げない少女に、やれやれ、を芭蕉は頭をかいた。慰める経験はあまりないのだ。どうしたものかと、袖口に手をやり、自身の友人に助けを求めた。
『こんにちは、お嬢さん。私はマーフィーくんだよ』
「・・・・」
『顔を上げて、こっちを向いておくれよ』
「・・・・・」
『君のかわいい顔が見たいんだ』
「・・ぷ、あははははははは!!何よ、気持ち悪い声出さないでくれるっ!?おっさんの裏声ってほんと」
『あ、わーらった、わーらった!!』
熊の人ぎゅおをを巧みに操る男というあまりにも滑稽な場面に(しかもお世辞にもかわいいとは言えない裏声のオプション付き)、かさねは久しぶりに大笑いをした。
「変なおっさんねー」
ころころ、と笑うかさねに、おや、を芭蕉は思った。かわいい笑顔、できるじゃないか。いつもそうして笑えるのなら、あんな喧嘩も起きないだろうに、と。
「にしても変な人形ねー」中身はなんなのかしら。
「ぎゃああああああ!!マーフィーくんっっ」
トラウマ再来。芭蕉の叫びが辺り一面にこだました。
「そういえば、2人旅で、何をしているの?」
旅にはお金がかかるのよ。一時期旅人を待つことに飽きて、自ら村を出ようとしたときに姉が言った。姉は何でも知っていた。分からないことがあれば、いつも姉に聞いていた。大好きなのだ。思い出の中には、いつだって彼女がいたのだから。
ぽん、と頭に手がおかれた。優しくて、大きな手だった。この雰囲気なのだろうか。なんでも話してしまいたくなる、この理由は。
ぐっと唇をかみしめて、少女は膝に顔を埋めた。嗚咽はこらえた。
かさねの方を向かずに、遠くを見つめ、芭蕉は話を始めた。
「私達は、旅をしながら、俳句を詠んでいるんだ」
それは、知らない世界だった。芭蕉は、これまで見てきたもの、触れたもの、感じたものをかさねに語って聞かせた。旅の詩人が稀に異国の話をしに来たことがあったが、彼らが歌ったものより、芭蕉の1句がずっとずっとその情景を浮かべることができた。かさねは、自分が家を飛び出した理由も何もかも忘れて、芭蕉の1語1語に耳を傾けた。
「では、確かにお借りします」
2人が戻ると、曽良はすでに旅の支度をしていた。あの状況からようやく抜け出せたのだろう。見た目には分からないが、明らかにぐったりとした疲労を感じさせた。今日はすぐに宿を取ろうか、と少しだけ同情心が沸き起こった。
「あら、もう行くのね」
「そうみたい。馬も無事に借りられたことだし」
「また、その・・・また、ここに来ることはあるの?」
寂しげなかさねの様子に、芭蕉はどうかな、と返した。曽良が1人旅をするかは分からないが、それは遠い話になるだろう。いつか、を考えているようではきっと関係は変わらないのだ。少しだけ、芭蕉は少女に置き土産をしてやることにした。
「ああ、急に厠に行きたくなっちゃった。お父さん。借りても良いですかな」
「ああ、どうぞ。案内しますよ。それでは、曽良さんにはこれで」
「あ・・・」
ふと、何かを言いたげなかさねと目があった。大丈夫、がんばれ。そう親指を立てて、芭蕉はその場を離れた。
「あんな情けないおっさんの相手、大変じゃないんですか?」
あんなにしつこかった親子も、仕事を放り出すわけも行かず、見送りは結局かさね1人だった。芭蕉のいない今、憧れのだった曽良と2人きりでも、特に何の感情も動かないことに気付いた。
「もう慣れたよ。仕方ない、僕にしかできないことだから」
いかにも仕方がない、という口調の曽良に、沸き起こるのはムカムカした思いだった。曽良の口調とは異なり、その表情は緩やかな笑顔だった。出会った時も、かさねに対し、曽良は笑った。その時は舞い上がっていたが、今は分かる。今、かさねも曽良に対して全く同じ気持ちを持っているのだから。
「じゃあ、私が大きくなったら、曽良さんの代わりに芭蕉さんの面倒見てあげますよ」
「気持ちは嬉しいけど、そんな必要はないかな」
ああ、やっぱり。心の中でかさねはほくそ笑んだ。彼から向けられた笑顔の真意にようやく思い当たったのだ。こんな子供に対して、曽良はまったく対等だった。なによ、本人にはあんなに冷たく当たっているくせに。
大丈夫ですよ、とかさねは無邪気な笑顔を向けた。
「そんなに焦らなくても、曽良さんから芭蕉さんを取ったりしませんよ」
「―――――」
わずかに目を見開いた曽良の表情で、かさねは満足した。おーい、と芭蕉がやってくる。こちらに着くまでに、曽良は「じゃあね」とかさねに言って、旅だった。
「うおーい!!そこで置いていくの!?あ、かさねちゃん、バイバイ!!」
慌てて芭蕉が後を追う。声をかける間もなく、2人の俳諧師はいなくなった。そこまでする!?なんとも嫉妬深い男だろう。かさねの宣戦布告が気に入らなかったのか。別れのあいさつもさせないなんて。
しばらくして、家の馬が返ってきた。尻尾には借賃と共に、小さな紙が括りつけられていた。
「―――――」
何度も読み返し、少女はその句を大切に懐に仕舞った。
「お礼、言いに行くからね―――――」
旅立つ人に叫んだ。聞こえただろうか?確かめる術はない。
その日以来、少女が村の入り口で人を待つことは無くなった。
その代わり村の子たちの中には、笑顔で駆けまわる女の子が1人増えた。
余談だが、少女の首には常にお守りが1つ掛けられていたという。
真偽のほどは分からないが、その中身は、かの有名な俳聖が少女のために詠んだ句があるという。
「かさねとは 八重撫子の 名成るべし」
(かさねちゃんは笑った方が可愛いよ!!)
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その後、2人が再会することとなるのかはまた別のお話。
お待たせしてしまい申し訳ありません><
私の芭かさに対する妄想と、史実を斜め読みした結果こうなりました。
例の句は、「松尾芭蕉の作ではないか・・・?」という記述を眼にしてしまいまして、その真偽はともかく多大に妄想が沸いてしまったわけです。ずっと書きたかった話でしたので大変楽しめました。多分、曽良くんは芭蕉さんが句を詠んでいることを知ってて、彼女に多大なるやきもちを大人げなく焼いてしまったんだと思います。
リクありがとうございましたー^^
どうぞ、煮るなり焼くなりしてくださいませ。
本当に余談ですが、ここの2人の年齢は史実よりかなり若い設定です。(芭蕉32歳 曽良27歳)
このぐらいで妄想してます。夢見過ぎでした。楽しんでいただけたら幸いです。では。