めりくり
寒い日というのは、一年で最も転んだら痛い。短パンで公園を駆け、遊びまわる子供時代に学んだことだ。むき出しの足に負った擦り傷が北風の刺さるような冷風に沁みて、良く叫んだものだ。一人が叫べば、もう一人が便乗す「ぎゃー」でも、「わあああ」でも、思い思いに吐き出す。帰るまでの道のりの、あの賑やかさに、日暮れの道がとても楽しかった。
「お、お、おあまあああああぁぁぁぁぁぁぁ」
・・・・さすがにこんな声を出す友人は今までにいなかったが。
「なんつー声をだしてんの」
先ほどまで隣を歩いていた太子は、連日の気候によりすっかり凍ってしまっていたアスファルトにより、この時期にお約束の華麗なるスライディングを披露していた。スロープ並みの緩やかな傾斜はかなり長く、未だに止まる気配がない。むしろスピードは既に走るよりも早い。
「うわぁ、すごいすごい。あの体勢でよく滑れるねぇ。腰折れそう。」
「確かに。あそこまで行くとすごいの一言に尽きるね。あ、もう少しで地面に手が着きそう」
数年前にTVで観客を魅了した某フィギュア選手が披露していた話題の技を前に、思わず助けるのも忘れて魅入ってしまった。幸い彼の行先はT字路だ。あと数秒後には止まるだろう。
「コート買いに行って良かったねぇ。ほんと、急に寒くなった」
「太子の読みが当たったね。せっかくの休日にだったけど。結果オーライ」
先週の休みに近所のビデオ屋でかっていた新作ゲームを攻略中に突然太子が「買い物に行こう」と言い出したのだ。いつぞやの閻魔といい、太子といい、思いつきで行動する人間と住んでいると気苦労が絶えない。最終的にはつきあってしまう芭蕉にも問題はあることを、本人も自覚はしているが。
結局、予告で見ていた主人公の妹と婚約者のシーンを見終わってから出発した。国内を代表するRPGシリーズの最新作にもかかわらず不評らしいですね、と担当である河合は言っていたが、昔からそういったゲームの類をしていなかった芭蕉から見れば、ここまで空想世界を実現できることにただ純粋に感動できるものだった。こうした世界観がネタづくりの勉強になるんじゃないか、としきりに閻魔に勧められてからは、暇を見つつ芭蕉は世界を救う旅に出るようになった。当初は夢中になってしていたが、締切ぎりぎりに仕上げた原稿をデータごと消しさる、という凡ミスをしてからは、控えるようになった。(ダンジョンの攻略について考えていたなどと鬼の担当に知られたら!)
結局出かける時間はあと少しあと少し、と芭蕉がTVの前から動かなかったため、少し日も傾く頃となってしまった。少し遠出をして郊外のショッピングモールに出かけた。ゆっくり選ぼうと思っていたのに、出だしが遅れてしまったためかセールといあたる所に掲げられていた安いと噂の量販店は人込みであふれており、入口で配布されていたチラシから目星の商品を決めてから飛び込んだ。人波をかき分けかき分け、やっとの思いで掴んだ青・緑・紫。混んでいたために試着もせずに直感で選んだものだが、不思議とそれぞれが着こなしていた。
ずず、と鼻をすすりつつ、色違いのダッフルコートの襟を掴みつつ、ざくざくと家路を目指す。
「白いねー」そう言って笑う芭蕉の顔は寒さのせいかほんのり赤くて、閻魔は思わず噴き出した。自分が笑われていることの憮然として、「そういう閻魔くんの耳真っ赤だよー」と返す。
「おーおー、仲がよろしいことで」
ぬぅ、とこれまた真っ赤な太子がやってきた。半眼でこちらを睨んでいる。
「あ、太子くん。かっこよかったよ」
「え、あ、そうか?はははーすごいだろう」
おそらく文句を言い募ろうと思っていたのだろうに、芭蕉の一言ですっかり機嫌が直ってしまっていた。現金な奴だよ、と閻魔はこっそり思った。
「わー、冷たい!」
太子の両頬を包み込み、その冷たさに声を上げた。
「早く帰って暖かくしないと」最近は怖いウイルスが流行っているから。と芭蕉は続ける。
「芭蕉さんが手繋いでくれたら、大丈夫になるんだけどなぁ」
「あ、新しい手袋もう無くしちゃったの!?」
コート合わせて手袋も購入していたのだが、さっきの騒ぎで飛んでいってしまったらしい。雪が溶けたら見つかるさ、と無くした本人はさして気にしていないようだ。
「しょうがないなぁ」
はい、といって普通に左手を差し出す芭蕉。まさか本当に手を出されると思わなかったのか、言った本人は眼をぱちぱちさせている。
「え、や、じょうだん」
「大丈夫だって、誰も今、外歩いてないし」
「そういう問題じゃなくて」
珍しく渋る太子の顔は赤いが、先ほどとさほど違いはない。
「まぁまぁ、せっかく芭蕉さんがそう言ってくれてるんだし、やっちゃえば?」
そう言って珍しくうろたえる太子に、にやにやしつつ2人の手をつながせる閻魔。
「じゃ、行こっか」
小学生のように腕をぶんぶん振りまわす芭蕉に引きずられるようにして、太子も歩く。閻魔はその二人を少し離れて見ていた。手をつなぐくらいで、と笑う。普段は抱きつくくらい平気でするくせに。押しに弱いよなー。
いつもならば、ここで閻魔も芭蕉の右側に参戦したいところだが。
「ホワイトクリスマスだし、譲ってやるか」
今日の買い物全てを、財布を忘れた閻魔に代わって支払ったのが太子である以上指をくわえて見ているしかなかった。