3人の同居の理由、のようなもの

「ことの発端は、たいてい閻魔だな」と、太子が笑う。
仕事を終えた閻魔が唐突に、「海の日なんだから海に行かないでどうすんの!?」と言い出して、ミニバンを走らせること30分。近くの海岸へとやってきたのだ。

まさにビールで夕食を頬張っていた太子の代わりに芭蕉が運転することとなった。既にほろ酔いだった閻魔は論外だ。
海を見るや否や(このために着替えた短パンとサンダル姿で)、まっさきに夜の海へ飛び込む閻魔と、完全に酔いがさめていた太子と運転で疲れた芭蕉は、ひとまず砂浜で座っていた。

なるほど、記憶の糸をたどってみると、確かに自分たちの思い出の大半は彼の発案がきっかけだったと思う。
もちろん、すべてが閻魔によるわけではない。日々の些細なことでは芭蕉や太子もいろいろと口にする。
だが、何か、大きなこと。自分たちの記憶に刻まれるようなことはいつも閻魔から始まった。
「二人ともせっかく海に来たのに、なーに砂の上で満足しちゃってんの? 海だよ!!うーみ!!」
はやくはやく。うれしそうに手招きする姿に「今行く!!」と言って、太子が叫んだ。近所迷惑だ、と芭蕉がたしなめると、ばつが悪そうに眉尻を下げる。周りを気にしてしまう姿勢は、昔と変わらない。
「まぁまぁ、今日はそんなこと忘れてパッヒョイ、パッヒョイ!!」
言いながら閻魔のもとへ逃げるように駆けて行った。しょうがないなあ、と言いつつ、芭蕉も今日はなんだかそんなことはどうでも良いような気がしていた。
「太子、待って!!」


「えー、ばっしょさん。俺もよんでよ!!」
「お前は一々張り合うなー」


追いかけた声より小さい2人のやりとりは、芭蕉の耳には届かない。
そのことがまずい、といつも3人でいたことに慣れていた今の状況では気づくにしばしの時間を要した。

太子をすぐに追いかけたと思ったが、夜の黒にまぎれて二人の姿が見えない。
話声も、足音さえも。何も見えない。
息が荒くなる。

――――――独りだ。

自覚したとたんに目の前が暗くなり、立っていられなくなる。突如道しるべを失った船のようにどこへ行けばいいのか分からない。胸に穴があいてしまったように吸っても吸っても酸素が逃げていく。

嫌だ。嫌だ。置いていかないで!!

ああ、久しぶりの感覚だな。恐れるよりもまず、懐かしささえ覚える。高校に入って閻魔と知り合ってから、頻繁に起こった発作は格段に減った。大学で太子と知り合い、それは現れなくなった。

・・・・・否、一度だけ。

この生活を始めて――――三人で住むようになって―――――からは、一度もなかった。
自分の身にそれが起こることをすっかり忘れてしまうほどに。
いつからだったっけ。おびえる必要がなくなったのは。安心して夜を迎えれるようになったのは。



大学4年の冬。
久しく起きていなかった発作に、いつもならば一人で落ち着けるはずが、どうにも体が言うことを聞かなかった。
もちろん大学には行けなくて、異変に気づいた二人が家まで来てくれた。
二人の顔を見た瞬間、安心して、枯れてしまった涙の代わりに、ぽろぽろと言葉を流した。
つらいつらいつらいいやだいやだいやだくるしいくるしいいかないでおいていかないで
わたしも、つれていって、
ひ と り は い や だ ! !

飽きもせず、根気よく、何を言っているのか芭蕉すら分かっていなかった訴えを一つ一つを聞いてくれたあの日、真剣な顔で聞いていた閻魔は、ふといいことを思いついたと言った。
「芭蕉さんの手料理を毎日食べたいから俺、今日からここに住むー」
そうだ、この3人の同居も閻魔の一言で始まったのだ。
「ああっ、私も言おうと思ってたのに!!ずるいぞ!!」
「いいじゃん。行った者勝ちー」
「お前はほんと口先はうまいのなー」
「うわ、嫌味太子復活か!?」
あまりに自分が望みすぎたことで、欲しかったもので、思考の正常でなかったこの時、幻聴を聞いたのではないかと何度も確認した。ついに本当のことだと分かった時の感情も、光景も全て色あせずに思い出せる。あのときが無ければ、自分はきっと。 「いいの?私、迷惑ばかりかけて・・・」
「あーあーあー、あんなのこと言ってるぞ?閻魔」
「あーあーあー、そんなこと言われちゃいましたね。太子」

「「俺たちはさ、家族でしょう?」」

だから、芭蕉さんと一緒にいるだけで楽しいんだ。芭蕉さんも俺たちと居たいと思ってくれているなら、さ。
何にも問題ないでしょ?


そう言って笑ってから数年。こうして未だに当たり前のごとく3人がともに在る。それは、何でもないようなことのようで、とても大きなことだった。
当たり前のぬくもりや愛情を求めていた。あんなに渇望していたそれが、すぐ近くにある。
なんて、幸せなことだろう。
涙が出るほどに、満たされていた。自然と、孤独に怯えることもなくなった。私は、私の唯一を手に入れたのだから。


そうだ。独りじゃない。
そう意識しただけで、不思議と体が楽になった。
視界がクリアになる。
見れば、心配そうに覗き込む二つの双眸。
「ば、しょう、さ・・・」
「どうしたのかとおもっ・・・っ」
二人ともあとは言葉が出て来ないようで、とにかく心配掛けてごめんねと謝ろうと口を開く前に、思い切り抱きしめられた。心なしか、背中に添えられた掌が震えているように感じる。

彼ら二人にここまで心配してもらえるのは自分くらいではないだろうか。
そう考えると二人には申し訳ないが、たまらなく満たされた気持ちになった。


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