雨の日が嫌いだった。
決まって夢を見る。良い夢か、悪い夢か。聞かれれば、悪い、と答えるに違いない。
先に言ったろう?雨の日が嫌いだって。
私はそこで、一人で居るんだ。眼を閉じて、漂ってる。
そうか、きっと水の中に居たのかもしれない。自分の足で地に立っていた気はしないから、多分。
分からないんだ。僕はいつも目を閉じていたから。そう言えば、「開けよう」と思ったことは無かった気がする。可笑しいね。
くらいせかい。誰もいない。冷たい。寒い。
うん、多分考えていたのはそんなこと。
夢のはずなのにさ、感じるんだ。目の前の暗闇よりもっともっと深い。何年もいや何百年も永く途方もない時間、そうしていたんだって、そのことを疑いもなく信じれるくらいに、強く。感じる、というより、もうそれは僕の一部だった。手足が4本あるように、当たり前なことになっていたんだ。
僕と孤独。
これはきっと永遠に切り離せないものなんだよ。血よりも濃い繋がり。誰もいない僕にとって、それが唯一寄り添ってくれるものだった。
やさしくて、つめたい。
なぜだろう、僕は夢の話をしていたはずなのに。分かる…いや、『知っている』。見たことを、これまでの経験をそのまま口にしているみたいだ。懐かしさすら感じているよ。
ああ、そうだね。続けよう。
僕はそこで独りだった。暗い世界で。だけど、ある日熊が降ってきたんだ。本当だよ。耳が付いていたんだ。まるっこいの。私の頭の上にね。あれ、何だか頭の形に違和感が…。いや、何でもない。
ともかく、熊が落ちてきたんだ。違うよ、その熊はそんなに甘いものを好きそうな顔をしていなかったよ。
私は生涯で初めてたんこぶを作った。とても痛くて、しばらく動けなくなってしまった。涙が滲んだよ。いや、水中だから分からないけどさ。それだけ悶絶してたってことだよ。
ようやく痛みが引いたと思ったらさ、また降ってきたんだ。違うよ、トラじゃない。ティガーは陽気なやつだけど、まぬけじゃない。ああ、またそれた。もどすよ。
どこまでいったんだっけ?ああそうだ、今度は人が降ってきた。視界一杯に広がる緑の着物。水を吸って一気に膨れ上がったんだけど、その人は意にも介さない様子で深く潜っていった。さっきの熊を探していたんだ。そうだよ、ぬいぐるみ。水を吸ってぐったりしていた。あれの持ち主だったらしい。
ああ、陸で聞いたんだよ。そう、私は水から上がったんだ。数百年振りの外はすっかり変わってしまっていて、でも、私は思ったほど衝撃も落胆もしていなかった。外界の変化よりも、ぬいぐるみを抱きしめてぐしゃぐしゃになっている男の方が珍しかったからかもしれない。宥めるのに必死だったよ。地鳴りのような泣き声だった。私とその男の生命しか感じることができなかったからね。虫も逃げる音なんてそうそう聞けるもんじゃないよ。私は長年の水底生活で蓄積された苔によって無事だった。驚くことに。
そのぬいぐるみには腹に綿ではなくて石が詰め込まれていたよ。通りで痛くて重いはずだ。
彼の弟子の犯行らしい。いや大げさにじゃなくて、本人がそう言ったんだってさ。
まぁ巻き込まれたわけだ。痴話喧嘩に。
当人がそのつもりが無くても、分かっちゃうこともあるんだよ。知りたくなくてもね。
ああいう感情は久しぶりで、しばらく持て余したな。
そのまま、彼とはそれきりだ。私は寿命だったらしく、森が焼けると共に消えた。
「雨の日だったんだよ。芭蕉と会ったのも。覚えてたかい?」
「…後頭部、すっきりしたね。」
「ああ。あのままだったら寝返りもまともに打てやしないからね。お願いしたのさ。」
「誰に。」
「神様…いや、エンマさまにかな。」
「えぇ〜?」
「ふふふ」
「そうだ、一つ聞きたかった。」
「ん?」
「今はもう雨、平気なの?」
「今ではとろけるような甘い夢しか見ないな。」
「バカじゃない?」
それでもいいよ。君が、僕を見てくれるなら。