はらはら、と。目の前で落ち続ける水滴を見ていた。
時節、押し殺された嗚咽が耳へと届く。
彼女のメイドにこの場を任されてからずいぶんたつが、未だ打開策は見つからない。
「いい加減泣き止んでくれませんか」
そんなつもりは無かったのに、自分の口から洩れたのは驚くほどに低い声で、しまったと頭の中で警報が鳴る。
失敗した。ビクリ、と彼女の肩がおびえたように揺れる。
抱えているクッションに込める力がさらに強くなった。
やさしく慰める術のない自分にも、思わずこぼれそうな舌打ちを殺すだけの分別は持ち合わせていた。


泣いている原因は知っているのだ。例の如く何かを企んだお嬢様の試みは惨敗だった、ということらしい。
このあやふやな情報も、彼女のメイドから聞いたのであまり信用はおけないが。
(そのメイドのせいで事態が悪化した例はけして少なくない)詳しい理由は聞いても教えないくせに、こうして慰め役は自分に回ってくるあたりが納得いかない。
毎回の流れを繰り返し飽きもせずに行うお嬢様も、訳の分らぬままに面倒事を押し付けられている自分も。


行動に移すだけの力はある。それに伴うキモチも。
ただ、それを、お互いに確実に持ち合わせていることは知っていても、言葉にすることは無いが故に招かれたことだ、と。
酒の入った頭と勢いに任せて相談した炎の精に言われたことだ。
「言え、と?」
「ああ」
「あんなこっぱずかしい事を?真顔で?」
「そうだ」
「無理だな」
「では仕方が無い。あきらめろ」
「それもできない」
では、最終手段だ。にやり、と口角を上げた精霊は告げる。
破天荒な彼女を静かにさせ、尚且つこの胸の燻りを取り除けるという願っても無い方法を。


期は熟した。年齢も、互いの感情も申し分ない。
旦那様からの許可も得た。そのためにここしばらく各地を飛び回るような忙しさを乗り越える必要があった。
そのために、会う回数が少なくなり、焦れたお嬢様は行動に移し、失敗し、泣いている。
俺が招いた種で、彼女が泣いている。笑顔のために行ったことが、この涙を生んだのだ。
それでも、彼女が俺を嫌うことが無いという自信があった。
伊達に長い付き合いではない。どんな気持ちで、この日を待っていたことか。
触れることにためらう必要も無い。さらり、と色素の薄い髪をかきあげ、柔らかなほほに手を伸ばす。
瞬間、悲しみとは別の感情で、紅く染まる。ああ、胸にこみ上げるものを隠す必要も無い。
「かわいらしいですね、」
お嬢様。
耳元でささやく。ぱくぱくと口を開き、慌てている彼女のぬくもりを両手で閉じ込めた。


すっかり涙の止まってしまった瞳が、再び潤むまで。長年の感情を伝えるまで。


彼女の言葉は、その後で聞くとしようか。